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講演内容要約
(兵庫経営塾 会員 中村隆次氏(記)) |
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1.講師略歴 |
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松下の社員でありながら29歳から「松下邸の執事」を20年間勤め、松下幸之助が朝起きて、夜、布団に就くまで松下家の屋敷で傍らに仕えた稀有の経験の持ち主である。幸之助の奥様のムメノさんのこともよく知っているとのことである。
現在は松下社会科学振興財団の支配人であり、松下資料館の館長でもある。 |
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2.幸之助邸の朝の風景とムメノさんのこと |
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朝起きてくると「顔色どうやねん」「いいですよ」で始まる。 |
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仏壇の前で30分〜1時間瞑想する。 |
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それまでに新聞7紙を読んでおき、見出しを憶えておき、聞かせる。 |
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興味のあるところは「読んでみ〜」「どんなことか言うてみ〜」 |
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「・・・と思いますが・・・」(まだ分かっとらんなという感じでニャッとする) |
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ムメノさんは幸之助を心身ともに陰で支えた。ムメノさんがいなかったら、長寿を全うすることはできなかったと思う。外交的で明るい性格のひとであり、幸之助とムメノさんはまさに二人三脚の生涯であったと思う。 |
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3.世界に拡がる幸之助の信奉者 |
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ブッシュ前大統領、ケ小平総書記を始め、世界中に幸之助の信奉者がおり、今でもその与える影響は大である。
(ハーバード大学コッター教授の例)
その中では「変化する環境の中にあつては研究し続けることが大切である」
「生涯に亘って学び続ける開かれた心を持つ」「理想主義、人道主義と経営とは
けっして矛盾しない」「環境の悪さは人間を殺すものではなく、大きな発展につながるものである」といったことが述べられている。
(その他詳細はレジメ参照)
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4.幸之助の経営哲学 |
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・経営とは何か |
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詳しくは配布された「松下幸之助さんの経営語録」を参照。 |
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5.楽土の建設 |
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37歳で人間が全て幸せになる「楽土の建設」に思いが至る。
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「楽土の建設」は250年を要し、一人が25年をそのために貢献し、10代かけて建設するとした。
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「楽土の建設」は「物」「心」「政治」をよくすることにあり、そのための活動を実践する。
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人生の目的は「楽土の建設」にあり、そのために経済活動、PHP活動、政治活動を行うとした。経済活動は22歳から、PHP活動は51歳から、政治活動は84歳から始めている。政治活動では「松下政経塾」を作り、卒業生250名中60名の政治家がおり、そのうち30名は国会議員である。
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21世紀へ残された問題は著書「わたしの夢 日本の夢 21世紀の日本(2010年へのマニフェスト)の中で述べられている。
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6.幸之助の生い立ち |
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「経営哲学は人生哲学(生き方)」「利他利己」の考え方は幸之助の10歳代の経験がベースにあり、特に五代五兵衛の影響が大きい。
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9歳〜15歳の間、船場の自転車屋で丁稚奉公をしており、その店の社長が五代五兵衛という人の弟であった。
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五代五兵衛という人は17歳のときに当時のはやり目がもとで失明し、失意のうちに自殺しょうとするが、警官に止められ、マッサージ師になる。お客の話し相手になっているうちにその話の中から不動産仲介業を思いつく。始めた不動産業が好評で財を成し、弟に自転車屋をさせて、自分は学校を設立し、校長になる。
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その五代五兵衛が弟のところに来るのに目が不自由だから付き添いが必要なのだが、その付き添いに幸之助がつくことになった。行き帰りの間、五兵衛が幸之助に物の考え方や人生哲学を自分の経験を踏まえて語って聞かせたそうである。
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人間形成にとって大事な10歳前後に聞かされた話が後の幸之助の「人を愛し、人を救う心で経営を実践する」という人生哲学の基礎になる。松下家の仏壇には五代五兵衛の写真が今でも飾ってあるそうである。
以 上
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